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第3回:便失禁治療について/ 東京山手メディカルセンター大腸肛門科部長 山名哲郎先生

問診と診察は的確な治療への重要なステップ

便失禁に悩む患者さんが来院されると、まずは詳しくお話を伺っていきます。「いつから症状が出ているか」「どれくらいの頻度で症状が起こるか」など、患者さんの状況を把握するための質問を行います。診察を受ける際には、あまり心配なさらず、ありのままを答えてもらえばOKです。

特に大事なのは、「何が漏れるのか」。便なのかガスなのか、便失禁の症状は患者さんによって本当にさまざまです。例えば便の場合、下痢や軟便の時に漏れるのか、コロコロの便の時でも漏れるのかによって、その後の治療法に違いが出ることもあります。また、どれくらいの量がどういうタイミングで月に何回・日に何回漏れるかなど詳しく聞いていきますので、日頃から、ご自身の状態を把握しておくとよいですね。

 

これまでの病歴について医師が知る事も重要です。普段どのような薬を飲んでいるか、肛門の手術を受けたことがあるか、内科的な疾患があるかなどをお聞きし、病態の把握に役立てます。女性の場合、ご自身では自覚されていない出産の際の損傷が原因となっていることもありますので、赤ちゃんの大きさや難産ではなかったかも含めて伺います。このように初診時の問診では、まずは患者さんの便失禁の全体像を掴むために要点をピックアップしてお聞きするイメージと思っていただければよいでしょう。

 

一通り問診を終えると、次は診察に移ります。初めての診察では、一般的に3つの事について調べます。まずは肛門近辺に手術の跡や、ひきつれ、傷跡がないか、またその状態を確認するというものです。女性の場合は、会陰と呼ばれる肛門と膣の間あたりが薄くなっているかどうかが判断できますので、シンプルな診察ですが欠かせません。次に、肛門の筋肉(肛門括約筋)の締り具合がどうなっているかを確認します。これは一番基本的な診察ですね。3つめは、肛門鏡というものを使って肛門の内側の状態を観察します。これらの診察はどれも痛みを伴わず、全部合わせても数分程度で終わります。

便失禁は、単一の原因で起こることはまずありません。想像する以上に複雑に絡まり合っている原因を解きほぐし、的確な治療を行うため、患者さんにお話を聞き、診察を行うことが大切です。「お尻の診察」というと、何か怖いことをするイメージが先行しがちなのですが、お話しした通り簡単なものです。まずは、気軽な気持ちで受診していただきたいですね。

検査結果を踏まえ、さまざまな選択肢から適切な治療法を決定

次の診察では、初診時の問診や診察の結果を踏まえたうえで、肛門内圧や筋肉の形を調べる検査をするのが一般的ですし。肛門内圧検査は、肛門に力を入れないときの力と肛門を力いっぱい締めたときの圧の2つをカテーテル器具で測定する検査で、10分程度で終わります。便失禁の患者さんの多くは肛門括約筋の締まりが悪くなっているため、欠かせない検査の1つですね。さらに超音波検査によって、外部からは見えない肛門の筋肉における損傷の有無やその損傷の程度を確認します。出産から時間を経ている患者さんの場合、会陰に裂傷がなくても肛門括約筋が損傷していることもあるため、便失禁の原因を探るうえで有効な検査といえるでしょう。検査時間は、約5分程度です。

こうした検査や問診を通して、それぞれの患者さんの症状に応じた治療法が決まっていきます。初診時に、便が普段から緩い、または便通が不規則と答えた患者さんには便を固めるお薬を飲んで様子をみてもらいますので、診察では失禁の回数や便の状態がどう変化したかを伺います。実際、お薬だけで便失禁が改善する患者さんも6〜7割いらっしゃいます。その場合は、引き続きお薬を飲みながら経過を見ていきます。

 

軟便傾向が強く、便の柔らかさを調整するお薬では十分な効果が出ない患者さんの場合は、下痢止めのお薬も併用して様子を見てもらいます。便失禁の患者さんには、軟便かつ肛門括約筋の弱い方が多い、という特徴があります。女性はもともと男性に比べて筋肉量が少ないため、加齢によって肛門括約筋が弱くなりやすいものです。ただ、いくら肛門括約筋が弱くなっていたとしても、軟便でなければ失禁になることは少ないのですが、やはり加齢によってお腹が緩くなることが増えると、便失禁につながりやすい傾向がみられるわけです。

 

症状を我慢できずに便が漏れる切迫性便失禁の方で,検査の結果、締め付ける力の弱いことがわかった患者さんは、お薬と並行して、肛門括約筋を鍛えるバイオフィードバック療法を取り入れる事があります。これは肛門内圧をモニターしながら上手に肛門括約筋を絞める訓練を行うことです。訓練を重ねるとそれまで以上に上手に肛門が絞められるようになる人がいます。

保存的治療で効果の見られなかった患者さんに新しい選択肢

便失禁の治療では、これまでお話してきたようなお薬やバイオフィードバック療法、また生活習慣指導のような保存的治療が第一選択とされています。ただ、保存的治療では症状が改善されない患者さんもいらっしゃいますので、その場合は外科的治療に入ることもありますね。

 

例えば、超音波の検査などから会陰の裂傷が便失禁の明らかな原因となっていることがわかる患者さんには、お薬やバイオフィードバック療法など保存的治療の効果が得られなかった場合には、肛門括約筋を形成する手術を行います。肛門括約筋に損傷がなく形成術の適応にならない患者さんでも、仙骨神経刺激療法(SNM)という2014年4月に保険適用になった新しい外科的治療を選択することができます。SNMとは、排便に関係した神経を刺激することで、排便をコントロールする治療法です。これまで、肛門に力を入れないときの圧力が弱い患者さんには有効な手立てがないのが悩みの種でしたが、SNMという治療法で、改善の可能性が見えてきました。SNMは外科的療法でありながら、体への負担が少なく、これまで保存的治療でなかなか効果の出なかった患者さんへの新しい選択肢になっています。

勇気を出して受診を~患者さんへ医師からのメッセージ

便失禁を抱える多くの患者さんはお薬だけで症状が改善しています。また、その他の治療によっても多くの患者さんの症状が改善しています。便失禁に悩み、引きこもりがちだった方が、適切な治療により笑顔を取り戻してどんどん元気になっていく姿を見ていると、私たち医師もうれしくなります。今まで取り上げられることの少なかった便失禁ですが、全国に専門的な施設があります。ぜひ勇気を出して、受診してください。受診がきっかけとなって、悩みから解放される患者さんが増えることを期待しています!

総監修医療法人三慶会 指扇病院 副院長、排便機能センター長 味村俊樹先生