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第4回:便失禁治療を諦めないで!/ 山王病院外科副部長 国際医療福祉大学教授 高尾良彦先生

SNMは外科的治療の選択肢の一つ

便失禁の患者さんに最初に行われる治療は、体に負担の少ない保存的治療です。まず生活習慣を見直し、排便指導やバイオフィードバック療法と呼ばれる理学療法、薬物療法などが行われます。

便失禁の治療では、まず日常生活の中で何が便失禁の改善につながるかを知り、その対策を立てることが大切です。そのためには、薬に頼るだけではなく、食事内容を見直し、ビール等のアルコールやコーヒーなど刺激物の摂取量を減らす工夫も欠かせません。また、毎日の定期的な排便を習慣づけることや、ご自身の便の状態、便が出るタイミングを知ることなども大切です。

便失禁の原因はとても複雑です。肛門括約筋の力が低下して便失禁の症状が起こっている場合は、バイオフィードバック療法なども効果が期待できます。薬物療法は、このような治療を補助していく手段と考えるとよいでしょう。実際、6~7割の患者さんがこれらの保存的療法で改善していきますね。

保存的療法で効果が見られなかった場合は、外科的治療を選択することがあります。

外科的治療としては、肛門括約筋を形成する手術や人工肛門の造設などが選択肢に挙げられましたが、括約筋形成術は出産等で肛門括約筋の損傷がある場合には有効なことがあるものの、それ以外の多くの便失禁患者さんには、なかなか有効な手術がありませんでした。また人工肛門はボディイメージやその管理、心理的な抵抗感などの理由から、手術を受けることを躊躇する患者さんも少なくありません。

2014年4月からは身体への負担が少ないSNM(仙骨神経刺激療法)という治療法が保険適用になりました。保存的療法でもおもわしい改善が得られず、従来の外科的治療に適応しなかった患者さんに対して、新たな可能性が開かれたといえます。

SNMは全ての患者さんに行われるものではなく、保存的療法を行い、それでも十分な症状の改善が見られない患者さんに適用されます。

事前に治療効果を確認できるSNM

それでは、SNMについてもっと具体的に説明していきましょう。

SNMは、排便に関連する神経に刺激を与えて便失禁の症状を改善する治療法です。おしりのふくらみに心臓ペースメーカのような小さな刺激装置を植込んで、持続的に電気刺激を行うことで、排便をコントロールします。欧米では20年ほど前から行われており、約18万例の実績があり、便失禁の標準的な治療の一つとされています。

日本で行われた臨床試験でも、SNMを受ける前と比べて8割以上の方で便失禁の回数が半減、またはそれ以上減っており、2割くらいの方では便失禁がなくなりました。

SNM治療を行う前に、まずはじめに、患者さんご自身に2週間以上の日常生活における排便日誌をつけていただき、毎日の排便の様子を確認します。

その後、SNMの効果がどれくらいあるかを確認するため、排便に関する神経を刺激する「リード」だけを挿入します。大がかりな手術ではありませんが、手術室で麻酔をかけてから、「仙骨」という骨の部分にリードをゆっくり挿入します。このとき、施設の状況にもよりますが、およそ数日間入院いただきます。

それから1-2週間は、試験刺激期間です。挿入したリードに、体外式の刺激装置を接続して持続的に電気刺激を行い、治療の効果を見ていきます。刺激の強さや方法などは、患者さんご自身の症状や感じ方に合わせて調整することができるので、それぞれの方に最も適した状態に合わせることができますね。試験刺激期間中も、患者さんには毎日排便日誌を書いて、排便の状況を記録していただきます。

試験刺激の間に治療効果が得られた場合は、心臓のペースメーカのような刺激装置をおしりに植込み、すでに挿入されているリードと接続する手術を行います。刺激装置は、おしりのふくらみに入れるため、外見上はほとんど目立ちません。

治療効果があまりないと判断された場合は、一度入れたリードを取り出し、以前と同じ状態に戻す事ができます。このように治療効果をあらかじめ確認することができるのも、SNMの長所といえるでしょう。

植込み後、日常生活を送る上での注意点

退院後は、3カ月~半年に1度のペースで定期的に通院をしていただきながら、経過を見ていきます。患者さんには、日常生活での注意事項をお伝えするために「仙骨神経刺激療法手帳」と「カード」をお渡ししています。患者さんは患者用プログラマというリモコン装置のようなものを使って、ご自身の体調に合わせて自由に刺激を調整することができるため、状況やご自身の状態にあわせて最も効果の出やすい設定を保つことができます。このように患者さんが主体的に治療へ取り組める点も、結果としてより高い治療効果をもたらすのではないかと考えられますね。

 

なお、SNMの刺激装置は電池駆動のため、3~5年で刺激装置本体を交換する必要があります。交換する際は、前回と同じように入院して手術を行います。もし治療を中止したいと思った場合は、交換せずに刺激装置とリードの両方を取り出すこともできます。

刺激装置を体の中に植込んだ場合、「日常生活に何らかの支障があるのでは?」と心配される方もいらっしゃいます。一般的な家電製品が刺激装置に影響を与えることはないので、日常生活の中でそれほど神経質になる必要はないでしょう。ただし、強い磁気を発生している家電製品の場合は注意が必要なこともあります。携帯電話は基本的には影響しません。

また、スキューバダイビングやスカイダイビングのような通常とは気圧が異なる環境での運動はお控えいただきます。その他の激しい運動をする際は、あらかじめ医師にご相談ください。一部のMRIや温熱療法の機器が使えない場合もありますので、その場合も医師に相談することを忘れないようにしましょう。

決して諦めないで~患者さんへの医師からのメッセージ

SNMは、従来の治療では十分な改善が得られなかった患者さんに大きな可能性を開く治療法です。この治療に適応する可能性のある方は、試してみる価値があると考えています。

患者さんの中には、便失禁のために家から出られなくなり、症状が始まったときから人生が止まってしまったかのような方がいらっしゃいます。しかし、諦めずに治療を続けることが大切です。以前は引きこもりがちだったのが、症状が改善したことで現在はあちこち飛び回り、大いに人生を謳歌している患者さんもいらっしゃいます。

悩んでいる方も、ぜひおおらかな気持ちで、諦めずに専門病院を受診してください。その一歩で、人生が変わることもあるのですから!

総監修自治医科大学医学部 外科学講座 消化器外科部門 味村俊樹先生